酔いどれオンジの随想録(エセー)

酔いどれオンジの随想録(エセー)

日常系の随想録です。

ワンコイン靴

突然だが、この間、人生で初めて、靴を盗まれた。

とある小さな総合病院の院長を訪問したときのことだ。

今では、減ってしまったが、昔は主流であった、病院の入口で、靴を脱いで、靴箱に入れ、緑のスリッパに履き替えるタイプの病院だ。

俺は、スーツ、ネクタイ、コート、靴等、それぞれどのブランドで買うか決めていた。
これは、現役時代からであり、退職したあとも、それぞれ同じブランドで揃えていた。
俺には、ファッションセンスがなく、考えるの邪魔くさいから、それぞれ決まったブランドで揃えてさえおけば、突拍子もない格好にはならないと思っているからだ。

靴のブランドでお気に入りなのは、リーガルだ。
その日の靴は、購入してから、あまり履いてなかったこともあり、俺の感覚では、どちらかというと、新しい靴に近かった。他人の靴と入れ替わったりすることを防ぐため、靴箱の一番高い場所に靴を入れた。

病院に入り、20分ほどで、院長との面談を終えて出てきた。
靴箱から、靴を出そうとしたところで、嫌な予感がした。
置いたはずの場所に、靴がないのだ。
盗まれた。
「どうしたらええんや!」
靴を盗まれたことは当然ショックだったが、これから、どうやって帰ればいいのだろう。
病院から駅まで歩かなければならないし、電車の乗り換えもある。

病院の受付で、事情を説明し、①靴が出てきたら、連絡が欲しいこと、②靴下だけでは帰れないのでスリッパを借りたいと、頼んだ。

スリッパを借りられたのは、大変助かった。
しかし、非常に歩きにくい。
何よりも、(高級ブランドではないものの)それなりのブランドのスーツに、なんと、スリッパだ。
どうみても、おかしい。

しばらく歩くと、露店があるではないか。
とにかく、色んな物を売っている。
スーツの上着、靴下、帽子、自転車のタイヤ。
何か、中途半端な物ばっかりな気がした。値段も中途半端(高くはないが、安くもない)だった。
ふと、立ち止まって、陳列されている商品を見ていると、見覚えのある靴が並んでいる。しかも、一足(右)だけだ。それも、値段が、500円。
どう見ても、俺の靴のように思えた。
そして、疑念が湧いた。
「何で1足なんや?」

胡散臭そうなオッサンに、勇気を出して聞いてみた。
「その靴、俺の靴のような気がするんですけど。今日、さっき履いていた靴が、病院で突然なくなってしまって困っています。」

オッサンは、「それは、ありえへんと思うで。これは、昨日、ゴミ回収の爺さんから買い取ったからな。勘違いやろう。」と言う。
さらに、俺は質問を続けた。
「何で、靴が、一足だけで売られているんや?」
オッサンは、「俺は、よくわからん。爺さんの店が、200m先にあるから聞けや。」と面倒くさそうに言った。

なんとなく、このまま、引き下がれなくなったので、爺さんの店に行って聞いてみることにした。
なんと、俺の、もう一方の靴(左)が、1000円で売られていた!
爺さんに、靴は、どうやって手に入れたのか聞くと、「昨日、初めて会った兄ちゃんから買ったんや。」と言う。
このまま、この人たちの相手をするのが面倒になってきたので、靴(左)を1000円で買い取った。
オッサンの店に戻りもう一方の靴を買い取ろうとしたら、先ほどの靴(右)が、なんと、1500円に値上がりしていた。

こいつら、グルや。何を言っても無駄なヤツや。
冷静になると、オッサンと爺さんは、顔立ちがそっくりやった。親子なんや。

悔しいが、自分の靴(右)を1500円で買い取った。

ちなみに、オッサンの店のスーツの上着と同じ生地のズボンが、爺さんの店で売られていたことを、俺は見逃さなかった。